days of thousand leaves

文学研究者のひとりごと

七夕の夜に


毎年、七夕には近所のスーパーで模造品の笹を買ってきて、飾り付けをして、短冊を提げます。工作好きの息子は毎年楽しみにしています。


妻に言わせると、息子と私の短冊はここ数年、いつも同じような内容になっているようなのですが、今年はこんな感じ。


息子「ちきゅうがへいわになりますように」
私「毎日おいしいビールがたくさん飲めますように」


息子と私の人間としての器の違いを物語るような内容です…。



「へいわ」でなくては「おいしいビール」を「毎日」「たくさん」飲めないのだし、それが出来ているということは、それなりに「へいわ」なのではないか、などとも思うのですが、家族には受け入れてもらえません。


だいたい、ほんとうにいま「へいわ」なのか、仮にそうだとして、それはいつまで続く保証があるのか、と言われれば、確かに何の保証もないし、それどころか、不穏な空気が流れているのが、いまのこの国のありさま。


「カイシャクカイケン」「シュウダンテキジエイケン」なる言葉が飛び交うこのいかがわしい国は、息子が大人になる頃どうなっているのか、ということを考えながら、このところ何度か思い出して読んでいたのが、自分の研究対象でもある坂口安吾の「もう軍備はいらない」(「文学界」1952・10)という文章。


twitter上でも何度か流れていたものですが、ここでも一部を抜粋して紹介したいと思います(全文は青空文庫でも読めます)。

 自分が国防のない国へ攻めこんだあげくに負けて無腰にされながら、今や国防と軍隊の必要を説き、どこかに攻めこんでくる兇悪犯人が居るような云い方はヨタモンのチンピラどもの言いぐさに似てるな。ブタ箱から出てきた足でさッそくドスをのむ奴の云いぐさだ。
 冷い戦争という地球をおおう妖雲をとりのぞけば、軍備を背負った日本の姿は殺人強盗的であろう。
 貧乏者の子沢山というが、五反百姓に十八人も子供がいるような日本。天然資源的に見れば取り代えるオシメにも事欠く程度の素寒貧だし、持てる五反の畑も人里はなれて山のテッペンに近いような、もしくは湖水の中の小島のような不便なところに孤立して細々と貧乏ぐらしを立てている。
 気のきいた泥棒も、気のきかない泥棒も、そんなところへ物を盗みに行くはずがないじゃないか。しかるにそこの貧乏オヤジは泥棒きたるべしとダンビラを買いこみ朝な夕なネタバをあわせ、そのために十八人の子供のオマンマは益々半減し、豊富なのは天井のクモの巣だけ、そのクモの巣をすかして屋根の諸方の孔から東西南北の空が見えるという小屋の中でダンビラだけ光ってやがる。
 ここのウチへ間抜け泥棒が忍びこむよりも、このオヤジが殺人強盗に転ずる率が多いのは分りきった話じゃないか。


例によって人を食ったような(戦後の)安吾に特有の文体ではあるけれど、まったくの正論というほかないと思う。ロクに資産を持たない「貧乏オヤジ」(天然資源は乏しいし、国土は狭いし、地震もある)としてのこの国が、「ダンビラ」(軍備)を持つ方向で動いたとしても、当の「このオヤジが殺人強盗に転ずる」のではないか、ということのほうがよほど心配ではないか、と安吾は言う。

けれどもこんな国へもガムシャラに盗みを働きにくるキ印がいないとは限らないが、キ印を相手に戦争してよけいなケガを求めるのはバカバカしいから、さっさと手をあげて降参して相手にならずにいれば、それでも手当り次第ぶっこわすようなことはさすがにキ印でもできないし、さて腕力でおどしつけて家来にしたつもりでいたものの、生活万般にわたって家来の方がはるかに高くて豊かなことが分ってくるにしたがってさすがのキ印もだんだん気が弱くなり、結構ダンビラふりかざしてあばれこんできたキ印の方が居候のような手下のようなヒケメを持つようになってしまう。昔からキ印やバカは腕ッ節が強くてイノチ知らずだからケンカや戦争には勝つ率が多くて文化の発達した国の方が降参する例が少くなかったけれども、結局ダンビラふりまわして睨めまわしているうちにキ印やバカの方がだんだん居候になり、手下になって、やがて腑ぬけになってダンビラを忘れた頃を見すまされて逆に追ンだされたり完全な家来にしてもらって隅の方に居ついたりしてしまう。
 もっともキ印がダンビラふりまわして威勢よく乗りこんできた当座はいくら利巧者が相手にならなくとも、相当の被害はまぬがれない。女の子が暴行されたり、男の子が頭のハチを割られ片腕をヘシ折られキンタマを蹴りつぶされるようなことが相当ヒンピンと起ることはキ印相手のことでどうにも仕方がないが、それにしてもキ印相手にまともに戦争して殺されぶッこわされるのに比べれば被害は何万億分の一の軽さだか知れやしない。その国の文化水準や豊かな生活がシッカリした土台や支柱で支えられていさえすれば、結局キ印が居候になり家来になって隅ッこへひッこむことに相場がきまっているのである。


安吾の言う「キ印」というところに具体的な国名を入れたらいろいろと問題だとは思うけれど、これもまた正論。

ちなみに安吾は、別の文章(「野坂中尉と中西伍長」、「文藝春秋」1950・3)でも次のように言い切っており、彼の持論とも言うべき主張だと思う。

 蒙古の大侵略の如きものが新しくやってきたにしても、何も神風などを当にする必要はないのである。知らん顔をして来たるにまかせておくに限る。婦女子が犯されてアイノコが何十万人生れても、無関心。育つ子供はみんな育ててやる。日本に生れたからには、みんな歴とした日本人さ。無抵抗主義の知的に確立される限り、ジャガタラ文の悲劇などは有る筈もないし、負けるが勝の論理もなく、小ちゃなアイロニイも、ひねくれた優越感も必要がない。要するに、無関心、無抵抗、暴力に対する唯一の知的な方法はこれ以外にはない。
 小ッポケな自衛権など、全然無用の長物だ。


さて、もう一度「もう軍備はいらない」に戻る。安吾は戦後の憲法についても非常にシンプルに正論を記していると思う。

日本という国も泥棒の心配がいらない身分におちぶれてみて、いろいろのことが分らなければならない道理であったろう。
 昔は三大強国と自称し、一等国の中のそのまたAクラスから負けて四等国に落ッこッたと本人は云ってるけれども、その四等国のしかも散々叩きつぶされ焼きはらわれ手足をもがれて丸ハダカになってからやッと七年目にすぎないというのに、もうそろそろ昔の自称一等国時代の生活水準と変りがないじゃないか。足りないものは軍艦や戦車や飛行機だけ。つまり負けるまでは四等国の生活水準を国防するために超Aクラスのダンビラをそろえて磨きあげて目玉をギョロつかせていただけのことではないか。
 人に無理強いされた憲法だと云うが、拙者は戦争はいたしません、というのはこの一条に限って全く世界一の憲法さ。戦争はキ印かバカがするものにきまっているのだ。四等国が超Aクラスの軍備をととのえて目の玉だけギョロつかせて威張り返って睨めまわしているのも滑稽だが、四等国が四等国なみの軍備をととのえそれで一人前の体裁がととのったつもりでいるのも同じように滑稽である。日本ばかりではないのだ。軍備をととのえ、敵なる者と一戦を辞せずの考えに憑かれている国という国がみんな滑稽なのさ。彼らはみんなキツネ憑きなのさ。

「美しい」国を「取り戻す」などという政治家から早いところ「キツネ」が落ちないと、本当に笑うに笑えない「滑稽」な事態になる。


8歳の息子が短冊に書く「へいわ」がきちんと維持されますように。いつまでもおいしくビールを飲んでいられますように。そしてそのうち、息子と一緒においしくビールが飲めるようになりますように。


そのために、まず自分自身が、ものを考えることを放棄してはならない。微力な文学研究者としての私は、これからも安吾に限らず文学の言葉を多く読み、考え、それをどうにか論文として発信し続けていくし、未熟な教員としての私は、そんな研究者としての営みの中からつかみ出したささやかな知見を、教室で発信し続けていくだろうと思う。

とにかく、それを続けていこうと思う。そんなことを考えた七夕の夜なのでした(書いているうちに日付が変わってしまった……)。