days of thousand leaves

文学研究者のひとりごと

「ハーパー・リーガン」(9月16日、PARCO劇場)

先日、「ハーパー・リーガン」(サイモン・スティーヴンス作、
長塚圭史演出)を観てきました。




熱烈な、というほどでもないのですが、「やっぱり猫が好き
の頃からの小林聡美ファンとしては、この機会に一度彼女の舞台を
観てみたい、と思って出かけたのですが、この作品はハマリ役
でした。


何年か前にやっていたTVドラマ版の「セクシーボイス・アンド・
ロボ」での松山ケンイチとの競演もそうだったし、今回の舞台での
間宮祥太郎との絡みの部分もそうなのだけれど、年下男子との競演で
発揮される形容しようのない(「セクシー」などといった表現に
してしまうと見失われてしまうような)そのたたずまいが、
私にとっては魅力だったりします。


…などという、フェティッシュな断片に対する個人的思い入れは
さておき、物語の内容は、アラフォー既婚者が観るにはけっこう
ヘビーなもので、いろいろ考えさせられるものがありました。


「血のつながり」を意識する故に、その関係が自明のものとも
不可避のものと考えられてしまう「親子」。


「血のつながり」がない以上、本来偶発的なものでしかないにも
かかわらず、生活を継続する中で、やはりいつしか自明視され
「守るべきもの」と考えられるようになってしまう「夫婦」。


そして、「夫婦」に子供が生まれれば、そこに「親子」の問題が
重ね書きされることになる…。


冒頭、役者たちが登場する前から置かれていた「壁」に、ハーパー
小林聡美)はよりかかかったかと思えば押し出されるし、
支えられて歩みだしたと思ったら、壁の方が彼女から離れていき…、
というような黙劇が演じられる。


朝日新聞」のレビューでも言及されていましたが、この演出が
その後のすべての展開を予示していたように思います。
(「壁」とはパートナーであり、子であり、要するに「家族」?)


そしてラスト、ハーパーが家を空けた二日間の「冒険」から戻った
後、夫のセス(山崎一)の方が、冒頭のハーパーを反復するように
壁に寄りかかるのだけれど、今度は壁は動かないまま。


しかし、これは単純に「夫婦」関係が安定した、ということでは
なくて、さしあたり安定した「ということにして」生きていく
ということを意味するように思えました。


ハーパーにもセスにも、夫婦関係を揺るがすに足る過去があり、
しかもお互いにその過去について知っているのだから。


「夫婦」という関係の偶発性――それは無根拠なものでしかなく、
いつでも崩れうるものなのだが、さしあたり自分が自分の生活を
維持していく上で、それが自分に何らかの益をもたらしてくれる
ものであるならば、それを頼りにしたっていい、とでもいうような
開き直り?――を引き受けるということ。


そして、そのような「夫婦」関係の中で生じた「親子」という
関係もまた、偶発的なものとして引き受けていく――自分と親との
関係の反復を、自分との子供との関係の中に見ないようにする?
――ということ。


ラストにおけるハーパーは、そんな場所を引き受けるために
二日間の「旅」から、家に帰ってきたように思えます。


だからこそ、その「旅」の折り返し地点は、ハーパーの母の再婚
相手(ハーパーの義父)たるダンカン(大河内浩)だったよう
に思います。


父親と離婚し、その後再婚した母親との間の闘争関係を抱えながら、
その一方で父親に対しては思慕の念の募らせていたハーパー。


しかし、彼女は父の病死を機に再会した母から、自分の知らなかった
父の姿を突きつけられることで、これまでの「父の娘」のポジション
から追いやられる。


とはいえ、それは彼女にとって実はそれほど大きな意味はなかった
のかもしれない。


このときの彼女にとって意味があったのは、母親の再婚相手(義父)
であるダンカンが、一見とても柔和な振る舞いの向こう側に抱えて
いるのかもしれない、何かしら辛い過去のようなものの存在を
感じ取ったことではなかったか。


そして、その「何か」を抱え、飲み込みながら、これまでずっと
生きてきたらしい、そのダンカンの姿からハーパーはこれからの
自分(とその家族)のあり方について、何らかのの示唆を得て
帰ってきたのではなかったか……。


……とまあ、演劇に関してまったくのド素人たる私は、いろいろと
思いをめぐらしたのですが、要するに私のような観客が、
「ああだ、こうだ」と考えたくなるくらい、結末のすっきりしない
作品であることは確かです。


そして、原作者と演出者の狙いはここら辺りにあったのでしょう
から、こんな感想をつらつらと書くことは、まさしく「思うつぼ」
なのでしょう…。


ともあれ、初めて舞台で観た小林聡美さんは、とてもステキ
なのでした(…結局、ただのミーハーです)。

あ、でもハーパーの娘を演じた美波もすごくよかった。
NODA・MAPの時もよかったけれど、さらによかったです。