days of thousand leaves

文学研究者のひとりごと

8月30日に

家族で外出していた日曜日。


16時を少し過ぎた頃に、桜田門駅から国会前に向かってみた。この夏、これまでにも何度か足を運んでいたが、今回は初の家族連れ。昼間には用事があったということもあるけれど、安全確保の問題も考え、ピークが過ぎているであろう時間帯に向かうことにした。


大挙して駅の方へ引き上げてくる人波(年配の方々が圧倒的に多かった印象)に逆行して坂道を上り、横断歩道を渡って国会前の通りに出る。


すると、目の前は歩行者天国のような見慣れない光景になっていた。狭い歩道にデモ参加者が押し込まれている、いつものあの風景とは明らかに違っている(昼間に起こった「決壊」の光景については、後からネット上の動画で知った)。


あちらこちらで散発的にコールがあがり、打楽器の音が鳴り響く。普段は人混みが大嫌いな息子(9歳)だが、彼なりに何かを感じ取ったようで、どんどん前に進む(もともと打楽器が大好きではあるのだが)。そして、私のスマホを借り受けて、動画撮影を始める(取材ごっこ?)。


この光景が何を意味するのか、ということについては、道々なるべく平易に説明をしておいたものの、何をどこまで理解したのか、定かではない部分もある。


しかし、こういうことが起こっていた、ということを体感し、記憶しておいてもらいたい、というこちらの意図は十分に伝わったようにも見えた。


少なくとも、いつもなら人混みを見ただけで尻込みし、すぐに「帰ろう」という息子が、この日だけは自ら群衆の中に進んでいって、目を見開いていたから。


当初は、ほんの少しの「見学」でもいいかな、と思っていたが、気がつくと国会議事堂の目の前、デモ隊最前列まで来ていた。


一方的にイデオロギーを注入するようなことはしたくないけれど、息子には、大事なことは自分の目で見て、自分の肌で感じて、自分の頭で考えるヤツであってほしいと思っている。